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Travel note 

ブエノスアイレスを歩くーBuenos Aires

ヨーロッパの雰囲気に親しみ湧く土着の香りが溶け合うブエノスアイレスの街。楽しみ方は色々で、噛むほどに味わいを増す。歴史を知ると面白いのはどこの国にも言えることだけれど、ストリートアートのひとつひとつにもストーリーが秘められているこの街はとくにそれを思わせる。スペイン語か英語が話せるなら毎日催されるウォーキングツアーは本当におすすめ。私たちが選んだのはFree Walking Tourで、午前と午後ふたつのシティツアーのほかにストリートアートツアー、La BocaツアーにCementerio de Recoletaツアーと、合計5つのツアーを持っている。Freeと言ってもチップ制で、支払う金額はツアーの最後に自分で決めるというもの。相場はおよそ10米ドルで、人数にもよるが2時間から3時間、様々な分野に精通したベテランのガイドについて街を歩き、歴史や文化や政治などをその人の見地から学べるから、着いた初日に参加するとその後の観光に奥行きが出て面白い。筆者は結局5つのツアーすべてに参加して、どれも大満足だった。

 

見どころ

国会議事堂からカビルドまで

国会議事堂(Congreso de la Nación Argentina)からPlaza del Congresoの広場でロダンの考える人を横切ってそのままAvenida de Mayoをまっすぐ東へ。国会議事堂前の広場にフランスの彫刻がどっかりと座るのは、スペインからの独立を果たしたアルゼンチンが首都の街づくりをフランスに習ったためで、Avenida de Mayoはシャンゼリゼ通りを真似て建設されたんだって。そんなわけでかつて南米のパリなんて言われたブエノスアイレスだけど、建物を知る人にはアールヌーボーからゴシックまでヨーロッパの国々の建築様式がちゃんぽんなのは明白で、それもブエノスアイレスの雑多な面白さを生み出している要素なのかも。ダンテの神曲をモデルに建てられた立派なPalacio Barolo(建物内見学ツアーもある。)を眺め、Avenue  9 de Julioでハンバーガーを食べているのでなくスピーチする伝説の大統領夫人Evitaの横顔を確認し、老舗Cafe Tortoni でSubmarino(アルゼンチンのホットチョコレート)片手に19世紀のブエノスアイレスへタイムスリップしたら、最後はこの街の様々な歴史を刻んできた広場Plaza de Mayoへ辿り着く。スペイン植民地時代の役所カビルド(Cabildo)のテラスから広場を眺めて独立宣言の日に思いを馳せたらそのままCasa Rosada として有名な大統領官邸(現在自宅は別になっている)のほうへ向かって歩いていくとMadres de Plaza de Mayo(おまけ参照)の運動が始まったとても大事な広場に着く。シンボルである白いスカーフの絵で示された円を囲んで、いまも毎週水曜日午後3時半から軍事政権に子供を奪われた母親らが集まり政府にメッセージを送り続ける場所だ。夜は建物がライトアップされてなかなか雰囲気があるこの広場。タンゴも始まったりして。通ってきた道を振り返ると基礎を少し盛って建てられた国会議事堂が遠くからもよく見える。広場から放射状に延びた隣の通りからはオベリスクも。休日なら広場の南側からサンテルモのマーケットが長く伸びているので、そのまま散歩を楽しむもよし。

Cementerio de Recoleta

Recoletaの中心を占拠する墓場。何も知らずに訪れればそれほど感動もないが、それぞれの墓のドラマや経緯など聞くとなかなか面白い。伝説の人エビータ(Evita)の遺体が辿った長旅とそれにまつわる国の歴史や、誤って死亡と認定され葬られた令嬢の悲劇、不仲な夫婦が起こしたコミカルなドラマなど、人の死には物語が尽きない。墓地内を歩くと、棺桶むき出しの荒れ果てた墓からちょっとしたマンションのようなものまで様々。たくさんあるツアーのどれかに参加するかそうでなければ主要な歴史や背景を調べてから訪れるといい。

 

La Boca

かつてアルゼンチンの主要な港町として栄えたLa Boca。タンゴやその音楽、マラドーナやメッシを輩出したアルゼンチンのサッカーが生まれた場所だ。もともとは16世紀にスペイン軍がここを占拠しアフリカ人が奴隷として連れてこられたところ。アルゼンチンの独立により奴隷が解放され、19世紀の急速な経済成長の中で主要な港として栄えたLa Bocaにはイタリアを筆頭にヨーロッパの国々からたくさんの移民が様々な文化を引っ提げて押し寄せた。La Boca のカラフルな建物も貧しい移民が港から拾ってきたペンキを家の外観や補強に使いだしたことに始まる。その後産業の衰退と新しい港の建設とでLa Bocaはすっかりその存在意義をなくし廃れてしまったが、1950年代からこの街出身の画家Benito Quinquela Martínが芸術の推奨による街の復興を呼びかけ、家々は塗りなおされ、芸術家たちのアトリエが誘致されて街は新たなアイデンティティを享受するに至ったのだと。Free Walking Tourなど数時間のツアーで主要な場所を巡ってから散策すると面白い。画家自身の自宅だったキンケラマルティン美術館(Museo Benito Quinquela Martín)は彼のコレクションと生前の生活空間が見られ、屋上へ上がればLa Bocaの港が一望できる。

粋な下町だが治安はそれほどよくないと言われているので、よほど慣れているわけでなければ夜間や人の少ない通りは避けるのがベスト。

San Telmo

週末のマーケットが盛大なサンテルモ。人は多いが、骨董市をぶらぶらしたり大道芸人やタンゴを眺め楽器の演奏に聞き入ったりするのはお祭りのようで楽しい。もともとは19世紀に富裕層の豪邸がサンテルモの街並みを作り上げた。1870年代から猛威をふるった黄熱病から逃れるため、富裕層はRecoletaなど街の北部へ移り住み、そこへ移り住んだ労働者たちがアートや音楽を持ち込んで現在の重厚だけど庶民的な独特の雰囲気が生まれたらしい。週末には中心に位置するプラサドレゴPlaza Dorregoという広場でタンゴが踊られる。マーケットからすぐそばの現代アート美術館(Museode Arte Moderno de Buenos Aires)も訪れたい。

Palermo

ブエノスアイレス北西部に広がるパレルモは商業も文化も集う人気の地区。PalermoViejo から始まり、Palermo Soho, Palermo Chico にPalermo Hollywoodと、地元民の間でも人気のエリアは近年拡大を続けている。アートが花開くパレルモはストリートアートの歴史も深く、とにかく歩くのが楽しい場所。ウォーキングツアーに参加して、カラフルなストリートアートが秘めた様々な歴史とストーリーに耳を傾けると、アルゼンチンがまた少し近くなる。中南米のアート作品を集めたラテンアメリカ美術館(Museo de Arte Latinoamericano 通称 MALBAもこの地域にある。絵画にそれほど興味がないという人でも、近代ラテンアメリカの民族や政治を映した作品が見やすくまとめられているのでとてもおすすめ。MALBAから北へ歩くと水辺が素敵な公園Parque Tres de Febreroへ入る。時間が余れば小さな美術館Museo Sivoliやプラネタリウムに寄るのもおもしろい。カフェやバー、レストランの集まるパレルモ。インターネットやガイドブックも役立つが、ホステルやAirbnbでおすすめを聞いてみれば地元で評判のお店をたくさん教えてくれるはず。アサドやワインのほかにも、アルゼンチンのおいしいお肉が自慢のハンバーガーやクラフトビールのお店など、数日では足を運びきれない。

BelgranoとVilla Crespo

パレルモと隣接する地域は地元で静かに愛される場所だったりする。中華街のあるベルグラーノは閑静な住宅街で、おいしい中華料理を食べに行きがてらぶらぶらと歩くのが楽しい。Villa Crespoはパレルモから続くエリアで、安くておいしいレストランやワインバー、タンゴからエレクトリックミュージックまで幅広く扱うクラブがあちこちの角に建つ。手打ちパスタのお店Salgado Alimentosやジャンルを問わない催しでいつも賑わうバーOliverio Girondoなどがあるのもこの地域。

Puerto Madero 

サイズを増す貨物船がLa Bocaに入港できなったため莫大な予算のもと1897年に10年越しで完成したPuerto Maderoの港だが、そのころには更に拡大していた貨物船を収容しきれず結局その役割をまともに果たせないまま1911年には新たな港Puerto Nuevoが完成。Puerto Maderoは放置され荒れていった。1989年から本格的な再開発事業が始まり、打ち捨てられた港はホテルや外資系企業のオフィスが並ぶリッチな港町に、埋め立て処理場だった沿岸部は公園(Reserva Ecológica Costanera Sur)に生まれ変わる。公園前の通りは市民の憩いの場所。屋台やマーケットもたくさん出ているので、散歩が楽しい。ちなみにウルグアイへのフェリーもこの港から出ている。

自転車

アルゼンチンはサイクリストに友好的な街が多いので、天気がいい日はレンタサイクルで街乗りが楽しい。宿で自転車を貸してくれることもあるが、ブエノスアイレスでは登録すれば誰でも無料で使えるレンタサイクル”Ecobici”があちらこちらに設置されている。使用するにはブエノスアイレス市のウェブサイト携帯電話のアプリで本人登録が必要。登録時にパスポートなどIDのスキャンがあるとスムーズ。申請するとEcobiciから登録完了のメールが来る。平日は1時間、休日は2時間までの使用が可能。最寄りのバイクスタンドに返却でき、また5分間チャージすれば引き続き使用できる

街じゅうにあるバイクスタンド。

タンゴ/ミロンガ

ディナーショーも素敵だけど、タンゴなら週末のマーケットや夕焼けの街角で出会うのも楽しい。もともとは16世紀ごろから奴隷として連れてこられたアフリカ系移民の踊りにヨーロッパ系移民の踊りが溶け合って生まれたもので、タンゴという言葉の歴史も深い。労働者の街だったLa Bocaで男性同士が踊るところからはじまり、その後酒場や売春宿での男女の踊りとして広がったが、時代の流れを受けて性別の括りを取り去ったタンゴが始まっていたりもする。有名なのはサンテルモ(San Telmo)のプラサドレゴPlaza Dorregoやタンゴの生まれ故郷であるLa Boca。もう少し迫ってみるならPalermoにあるLa Cathedral Clubなど街中にあるミロンガ(Milonga)に顔を出してみるといい。ミロンガはタンゴの一種(でないと言う人もいる)でテンポの少し速いもの、もしくは定期的にタンゴやミロンガが行われる社交場のことを言う。初心者向けのクラスもたくさんあり、突然訪ねても快くステップを教えてくれるので2時間後には何となく踊れるようになっていてなかなか楽しい。初心者クラスの後はワインを飲みながら上級者の踊りを観て、週末ならクラスが終わった12時ごろから(!!)コンテストがあったりして、ブエノスアイレスの夜はさらに続く。宿泊施設で近くのミロンガを聞くかHoyMilongaのウェブサイトなら、その日に行われるミロンガが調べられる。

La Bomba de Tiempo

La Bomba de Tiempoというのはブエノスアイレス発信の新しいドラムグループ。毎回違う指揮者が万国共通の手話で16人のドラム奏者を指揮して即興の曲を演奏するというもので、その迫力とテクニックには一見の価値あり。毎週月曜の夜7時からCiudad Cultural Konexというライブハウスでパフォーマンスが催される。チケットはウェブサイトか当日の窓口でひとり210ペソ(500円)からととても手ごろ。 

アルゼンチン料理

エンパニャーダ/チョリパン

アルゼンチンの人は皆「世界一おいしいエンパニャーダのお店」を持っているから、おいしいエンパニャーダ(Empañada)が食べたいならとにかくその辺の人に聞いてみるといい。ブエノスアイレスなら市内に2軒あるLa Cocinaの薄い生地で包んで焼かれたエンパニャーダが個人的におすすめ。HumitoとかChocoloなんて言うトウモロコシの詰め物もおいしい。La Cocinaは粋な音楽の流れる老舗のバーでもあるから、ふらっと飲みに寄って、おいしいエンパニャーダを食べてくることもできる。ほかにもストリートフードはいくつかあるが、アルゼンチンのおいしいチョリソーをがぶりと味わえるのがチョリパンで、肉の油が腕にしたたるそれは胸やけ覚悟で食べるべし。チミチュリ(Chimichurri)など、お店によってトッピングはいろいろ。ビールが進むー!

アサド

アルゼンチンの豪快なバーベキュー、アサド(Asado)のお店も街中にある。私たちが勧められて行ったのがRecoletaにあるParrilla Peñaというお店。パリージャ(Parrilla)はアサド(リブ)を焼くグリルのことで、Parrillaの看板を掲げたところでアサドが食べられる。ほかにもSan TelmoにあるDesnivel やLa Bocaの中心に構えるEl Gran Paraisoも地元で評判のお店。アルゼンチンでアサドは日曜に家族で集まってするもの。一軒家なら庭にパリージャがあるところが多いので、Airbnbなどで機会があればお肉屋さんで肉を買ってきて皆で囲むのも面白い。

イタリア料理/ピザ

イタリアからの移民が運んだレシピはアルゼンチンの台所にしっかりと根をはって、ピザやパスタはアルゼンチンの名物に肩を並べる。Palermo近くのSalgado Alimentosなど、肩ひじ張らないおいしいパスタを味わえるお店がたくさんあるのがうれしい。

 パスタと同様にピザもチーズたっぷりのボリューム満点で、立ち食いピザ屋で一切れ食べれば軽い食事になる。Recoletaの中心部にあるPizzería Güerrinは客の途切れない老舗。ファイナ(Faina)と呼ばれるひよこ豆のホットケーキをのせて食べるのが通らしいが後から来る胸やけはすごい。立ち食いで一切れ食べてみるのもおもしろいが、テーブルで食べる具のたくさんのったピザは格別。「ピザは具を控えめに」なんて文句はここでは聞こえないみたい。

 ちなみにアルゼンチンには生パスタを扱ったデリがたくさんあり、手作りのラビオリからソースまで何でも揃っているので、キッチンが備わっている宿なら、レストランの味がもっと安く楽しめる。

 ギソ/ロクロ

寒くなるとアルゼンチンの人たちは野菜とレンズ豆たっぷりのギソ(Guiso)を囲む。アサドがごちそうなら、安くたくさん作ってシェアできるギソは、もっと普段着のおふくろの味。豆や乾燥させたトウモロコシをほかの野菜と煮込んだロクロ(Locro)は普段から食べられるが、5月25日の独立記念日を祝うメニュー。どちらももちろんレストランで食べられる。

アルゼンチンのワイン

ワインやパスタが好きならアルゼンチンを離れるのはなかなか難しい。アルゼンチンで有名なのはMalbecとかCabernet Sauvignonなどの赤ワインだがあまり関係ないかもと言うのが正直なところ。おいしい白ワインにもたくさん出会ったし、種類は少ないがCabernet Francなんかもとてもおいしかった。ワインの専門店で一番安いボトルを買ってとんちんかんな質問をしても大抵気さくにいろいろと教えてくれるから、アルゼンチンに来たのなら気負わずにとにかくいろいろ飲んでみるといい。少し奮発するのならあちこちにあるワインの専門店で予算にあったものを提案してくれるし、ワインバーでおすすめを聞くのも楽しい。

ワインの自動販売機!

マーケット/フェリア(Feria)

 長旅で荷物を増やせなくてもマーケットはやっぱり面白い。ブエノスアイレスなら週末のSan Telmoでアンティークマーケットをぶらぶらしながらタンゴや大道芸人を観て歩くのもいいし、国立美術館(Museo Nacional de Bellas Artes)前の広場で開かれるFeria de RecoletaやこじゃれたPalermoの街のFeria de Plaza Serrano でおみやげを探すのもいい。少し街から離れてバスで1時間ほどのFeria de Mataderosで、食べ歩きして週末を過ごすのも面白し、もう少し地元の雰囲気が味わいたいならParque Centenarioの蚤の市も◎。公園の周りを囲いつくすこのマーケットは古着も安く買えるので、長旅の人も重宝する。ちなみにおいしい野菜を買いたいならPalermo近くのPlaza Alférez José María Sobralへ足を運んでみて。毎週土曜日に有機農家のマーケットが開かれ新鮮でおいしい野菜や果物、はちみつなんかが手に入る。

美術館

大きな街だから美術館巡りも面白い。特別展も豪華な国立美術館(Museo Nacional de Bellas Artesはもちろんのこと、中南米の芸術家による作品を集めたラテンアメリカ美術館(Museo de Arte Latinoamericano 通称 MALBAは中南米の作家たちのパワフルな作品が時代ごとにストーリーを交えて展示されていてとても面白い。サンテルモマーケットからすぐそばの現代アート美術館(Museode Arte Moderno de Buenos Aires)はその名の通り現代アートの宝庫で、社会問題や政治を反映した作品もたくさん展示されているから是非訪れたい場所。

 La Boca 復興の父であるBenito Quinquela Martínの自宅であったキンケラマルティン美術館(Museo Benito Quinquela Martín)は、La Bocaの港を描いた自身の作品や彼が集めたラテンアメリカの作家による美術品のほか特別展も行われており、ほかの大きな美術館とは一味違う親密さが面白い。歴史博物館(Museo Historico Nacional)はスペイン語のみの表示。多くの美術館は週一度入場が無料になる日があるので、節約旅行ならそれを狙っていくといい。

コロニア・デル・サクラメント 

Colonia del Sacramento

ブエノスアイレスからウルグアイまではフェリーで1時間。Rio de la Plataを挟んだ向こう岸は石畳に植民地時代のポルトガル建築が広がる静かなコロニアの街。1日あれば十分に楽しめるのでブエノスアイレスからなら日帰りで来られる。詳しくは「旅の手帳」個人で旅するコロニアの項を参照。

Plaza de Mayoと母たち

1930年から1983年の53年間に軍部による6度のクーデターと圧政に苦しめられたアルゼンチンの人々。中でも社会派と言われたペロン大統領の死後、冷戦の最中にアメリカ合衆国政府の支援を受け力を握った1974年から1983年まで軍事政権は悲惨なもので、少なくともおよそ3万人の人が軍部に連行され姿を消した。連れていかれた子供の行方を探し求め日々政府機関を訪れていた母親たちは顔見知りになり、秘密裏にMadres de Plaza de Mayoを結成。大統領官邸(Casa Rosada)前の広場Plaza de Mayoで毎週木曜日にPirámide de Mayoの周りを歩く抗議を始める。グループの発起人や彼女たちをサポートした何人もの人たちがまた、その子と同様に連行され姿を消した。発起人のひとりだったAzucena Villaflorと言う人もそのひとりで、1977年12月10日の国際人権デー、新聞広告に行方不明者名簿を掲載した夜、行方不明に。2003年、軍事政権時代に生きたまま海へ投げ入れられたとみられる複数の遺体のひとつが彼女のものと認識され、2005年埋葬された遺灰は彼女がMadres de Plaza de Mayoを発起した地Pirámide de Mayoの足元に納められた。彼女たちの活動はアルゼンチンの軍事政権に対する国際政治からの批判を高め、冷戦の終結や経済の低迷で追い詰められた政府は1983年、フォークランド戦争でさらなる犠牲者を出してようやく身を引くこととなった。今も毎週木曜日3時半になると、我が子の名前と生年月日を刺しゅうした白いスカーフをまとった女性たちが大統領邸前の広場に集う。白いスカーフの絵は街中に見られる。

地図

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