クカバラベーカリー
雑記帳

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安田さん。

Nov 1, 2018 | Uncategorized, 旅の便り

電話の向こうで母親が、「今年は台風がすごくて、いちょうが黄色くならんかっただよ」なんて言うから、毎年黄色に満たされる地元のイチョウ並木がそうか、今年はもう裸なのかと思ってすこし寒々しい気持ちになる。安田さんが解放されたことをちらっとネットで見てたから、「安田さん解放されたんだねーよかったねー」なんていつものように話は巡って、最後は父親が母親のカーディガンを間違えて着て行ったなんていうどうでもいいけどどうしてそうなったんだっていう展開で会話は終わった。
大学でほんの少しジャーナリズムを勉強したとき、「いやーシビアな世界だな」と思った。書くことや読むことが好きなだけじゃジャーナリストにはなれない、というか、文章力なんてあとからついてくるものだから、それよりも何よりも、勇気とか好奇心とか、あるいは執着心とか、そうゆうものがないと真実とかって追えないだろう。ちょうどイラク戦争のころだったから、戦争報道がいかに変化してきたかってことを勉強した。戦争報道に対する報道規制には、ジャーナリズムが戦争を終わらせるくらい民意を動かした歴史が背景にあるっていうことをすこし知って感動したし、前の戦争の時に比べて整然としたイラク戦争での報道にぞっとした。
授業の中で講演に来たなんだかやたら偉そうな戦場写真家が「戦場カメラマンなんてのは正義感だけじゃできない。怖いもの見たさの好奇心がなければ戦場へなんて行けないから、正義を語ってるやつらは嘘つきだ。」みたいな極論を並べ立てていたけど、まあそれも一理あるんだろうなとけっこう興味深く、印象に残っている。沢田教一とかだって正義感だけであんな写真を撮っていたなんてほうが非現実的なわけで、それは私たち人類みな複雑な思いと好奇心を共有しているからわかること。
ちょうどあの頃から言われだした「自己責任論」がまた日本で再燃しているようで、それにも報道規制が一役買っているかなと思う。ニュースが切り取られ整えられて、ジャーナリズムの存在意義が薄れてきてるから。
わたしは迷惑かけまくってかけられまくって暮らしていて、そういう生き方を幸せだと思うし、そうはいかない生き方を想像すると寂しい。もっと若い頃って自分のことで忙しかったけど、今思えば「自力で生きていくねん!」って意気込んでいたあの頃のほうがさんざん周りに迷惑かけたり心配させたりして、そのくせ人の面倒なんて大して見ていなかった。あの頃「自己責任論」を猛々しく語る同級生に冷ややかな、腑に落ちない思いがしながらも言葉をうまく紡げなかった二十歳そこそこの若き自分が今は何というか、もどかしく微笑ましい。

拘束されていた3年半もの間、どうして気持ちを日々繋いでいたのかと思うと気が遠くなる。安田さんが心身ともに日々回復していきますよう。