クカバラベーカリー
雑記帳

Kookaburra

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甘くて苦いジャムと、親愛なるワリードアリのこと。

Nov 19, 2018 | オーストラリア, メルボルン, 政治, 旅の便り

CJHQ7906[1].JPG今年のクリスマスプレゼントはどうしようかと、本気で考え出した休み前の夕方、オレンジを3㎏買い込んでとりあえずマーマレードジャムを作ることにした。考えたら私、マーマレードジャムって作ったことがない。あんなにマーマレードボーイに夢中だったのに。プレゼント製作は楽しくなきゃしょうがないから、失敗覚悟でなにか新しいものを作ることが多い。感謝の想いと楽しい気持ちを込めれば自己満足でいいというのが、たった今思いついたわたしのモットーなのだ。
気長な作業に勤しみながらワリードアリーのビデオを観る午後。オーストラリア版筑紫哲也×望月朔子と言ったところ。どれくらい前になるだろう、フランスでISILによる事件があったとき、あるキャスターが「オーストラリアもイスラム教徒の受け入れを制限すべきだ」という内容の発言をしてだいぶ叩かれたことがあった。彼女のビデオがネットでだいぶ流れてわたしも「自分と自分の周りの人さえ幸せならそれでいいんかい!」って思ったけど、さすがはワリード。一連の騒動について、彼女の発言が決して悪意から来ているものではなく、いま自分を含めみんなが共有する「恐れ」から来ているだっていうことをProject 10という番組で短く話した。実際に、叩かれたキャスターがバリバリの人種差別主義者とかじゃないということは付随する言葉を汲めばわかる。その後真摯に気持ちを説明して謝ったしね。ワリードアリーの言わんとしていたことは要は、このキャスターの発言が恐れから来るものならそれを叩くほうも恐れからであって、結局その分断がISILの求めるものなんだということ。恐れが広がるほど人は「破壊的」な解決策を求めるんだけど、本当に有効な解決策が破壊的行為にはないということ。もっと時間のかかる「建設的」行為がいま「恐れ」の蔓延したこの社会に必要だっていうことだ。教科書に載せてほしい。
ISILに限ったことじゃない。民族主義的な指導者はいつの世も必ず「恐れ」をあおり、人を扇動するもの。恐れって相乗効果的に蔓延する伝染病みたいなものだから、一度はやりだすとけっこう厄介だ。
得体の知れないものを恐れ警戒するのは生存本能だから、それ自体は仕方のないことだと思う。そのことを私たちは認識して、自分の心にふつと湧いた恐れと冷静に向き合ってその正体を見つめてみることが大切なのだよね。ぜにーばがハンコに付けた呪いの魔法のように、ふたを開ければ恐れの正体も大したことがなかったり、あるいは実体すらなかったりするものだ。
ちなみにこの件で叩かれたキャスターは「移民の受け入れがなく安全な国」として日本を例に挙げているのだけど、テロでないありとあらゆる事件で日本の社会も実のところなかなか忙しいということ、移民どころか難民すら受け入れない国の国民は自分が難民になった時どこに行けばいいのかわからないということ、閉ざされた社会はそれはそれで色々とまた別な問題を抱えているということを、私が彼女の友達なら飲みにでも誘って教えてあげるんだけどね。
数年前にたまたまシドニーで訪れたオノヨーコの展覧会がたしか「修理しようぜ」っていう内容だった。自然破壊だったり戦争だったり、人類が繰り返してきた破壊行為により壊れた地球を修理しようよっていうメッセージだったと思う。買っては捨てることに慣れてしまった消費社会に向けたことでもあったんじゃないかな。
ワリードもヨーコもいいこと言うぜ。あやうくジャムを焦がすところだった。